新城 俊昭

研究活動

 現在の私の研究主題は、琉球・沖縄史を学校教育に普及させることである。

 沖縄は独自の歴史・文化を持っており、『沖縄21世紀ビジョン』でも「沖縄らしい自然と歴史、伝統、文化を大切にする島」を目標とすることが謳われているが、肝心な沖縄の子どもたちは琉球・沖縄史を教えられていないからだ。

 2012年5月、沖縄歴史教育研究会が実施した「沖縄歴史に関する高校生の知識・意識調査」では、基礎知識の正答率が4割にも満たず、誤答・わからないの比率が6割を超えた。復帰の年月日を正確に答えた生徒はわずか14%であった。なぜ琉球・沖縄史は教えられていないのか。理由は二点ある。一つは全国一律の教育課程だ。現行の地歴科は、世界史を必履修科目としており、琉球・沖縄史が記述されている日本史は地理との選択必修科目になっているため、ほぼ半数の生徒が日本史を履修していないのだ。たとえ選択しても、その内容には限りがある。もう一点は、琉球・沖縄史教育に対する意識の低さだ。偏狭な「お国自慢」レベルの「郷土史」として認識され、軽く扱われてきたのである。進学校にあっては、受験を優先し沖縄関係の内容を省く教員もいる。その結果、多くの生徒が自らのアイデンティティ確立に必要な教育を受けないまま、大人になっていくのである。

では、琉球・沖縄史教育の意義は那辺にあるのだろうか。沖縄学の父といわれる伊波普猷は、「汝の立つところを深く掘れ、そこには泉あり」というドイツの哲学者ニーチェの言葉を引用して、沖縄の歴史や文化を学ぶことの大切さを説いている。自らの生まれ育った地域には、先人の知恵や自分自身の存在理由を解き明かしてくれるヒントが埋まっているからである。そこを掘りおこし、見つめなおすことが、すべてのものの見方、考え方を養う礎になるからだ。

 何よりも、琉球・沖縄史教育の目的は、単に私たち祖先の足跡を知ることにあるのではない。抽象的概念でまとめられた日本史や世界史像に、より具体的に掘り下げられた地域の歴史事象を照らし合わせることで、歴史の本質にせまるという歴史観を培うもっとも重要な役割を担っているのである。沖縄戦についていえば、教科書で十五年戦争の概要は知りえても、それがどのような形で沖縄に影響を与え、私たちの肉親が関わってきたのかは学ぶことはできない。沖縄戦とは何だったのかを掘り下げて学習することで、日本軍の住民虐殺や軍隊の命令・誘導による「自決」の強要で死んでいった人々の悲惨な状況などを知り、教科書では学ぶことのできなかったこの戦争の本質に迫ることができるのである。

 私たちの住む地域にこそ、歴史的な物の見方、考え方を培う重要な教材が埋まっているのである。

琉球・沖縄史教育は、けっしてウチナービケーンの内向きで偏狭なナショナリズムを育成するためのものではないのだ。

 2013年3月29日、沖縄県議会は高校教教育における「琉球・沖縄史を必履修科目または必履修に準ずる科目として設置することを求める陳情」を採択した。

 私の当面の取り組みも、学校教育に琉球・沖縄史を組み入れるための条件作り(教科書作成・カリキュラムづくり・教師の育成等)にある。

教育活動

「琉球・沖縄史」と「平和教育」の理解が深められるよう指導に努める。

学外活動

沖縄歴史教育研究会 顧問

「沖縄歴史検定」実施

沖縄市平和行政推進員会 委員長

著作・論文

『教養講座 琉球・沖縄史』東洋企画

『高等学校 琉球・沖縄史』東洋企画

『沖縄から見える歴史風景』東洋企画

『ジュニア版 琉球・沖縄史』東洋企画

『琉球・沖縄 歴史人物伝』沖縄時事出版

『中学生 沖縄県の歴史と文化』(監修)沖縄時事出版

『沖縄戦から何を学ぶか』沖縄時事出版

「軍国主義と翼賛体制」『沖縄県史 各論編5 近代』沖縄県教育委員会

『教師になるあなたへ』むぎ社

『夕日の証言』むぎ社

『ヒストりゅ~ 琉球・沖縄の歴史』(共著)琉球新報社

所属: 
氏名: 
新城 俊昭
氏名アルファベット: 
ARASHIRO Tosiaki
写真: 
主な担当科目等: 
琉球・沖縄史教育、平和教育
専攻: 
琉球・沖縄史教育 平和教育
最終学歴: 
文学士
モットー: 
深く掘れ 己の胸中の泉  余所たよて水や汲まぬごとに (伊波普猷の琉歌)
学位: 
文学士
生年等: 
1950年 本部町生