狩俣 真彦

研究・教育

 狩俣真彦先生は、沖縄大学の前身である沖縄短期大学が開学した1958 年(開学式は6 月10 日に開催される)の10 月に沖縄短期大学の講師に着任され、沖縄大学が開学した1961 年4 月には沖縄大学法経学部助教授に就任されている。そして2002 年に退職されるまで、足掛け45 年にわたって沖縄大学で教鞭をとられて国際経済学、地域国際化論などを講じ、また2 度にわたって図書館長を務められた。さらには1995 年から2001 年までの6 年間、第15 代・第16 代の2 期にわたって沖縄大学学長として大学行政をリードし、法経学部の改組転換、人文学部の創設を成し遂げるなど、まさに沖縄大学の発展のためにその半生を捧げられた。

狩俣先生にとって学長として最後の卒業式となった2001 年3 月16 日の卒業式(これはまた沖縄大学にとって21 世紀になって初めての卒業式でもあった)における学長告辞の中から、先生の学生たちに贈ることばを以下に抜き出してみよう。

 「卒業の皆さんにとって『アジアの時代』と呼ばれる21 世紀の前半の50 年間が活躍の時代ということになります。アジアの時代とは、かつて植民地あるいは半植民地であったアジアNIES、アセアン、中国の3 地域が工業化に成功し、繁栄をとげる時代です。他方でアジアとの共生を願う日本は、アジアとの摩擦を避けるためにポスト工業化社会に転換しつつある、また転換する必要があります。それが、アジアとの共生と平和のため必要条件だからです。ポスト工業化社会とはインテリジェントな社会であり、働く人の8 割が知識産業や情報産業に従事する社会です。これまでの集団主義から解放されて多様な職業や、多様な生き方を求める社会です。経済学者のアマルティア・センは物質的な利潤極大化のみを追求する人間・家計・組織を『合理的な愚か者(ラッショナル・フール)』と呼んでいます。インテリジェントな在り方とは、周囲との共生・共感が大事だということです。『アマルティア・セン』という名前を是非心に留めてその教えから人生の指針を汲み取って下さい」(『沖縄大学広報』第86 号、2001 年4 月2 日より)。21 世紀にはばたく若者への国際経済学者の真摯な激励のことばと言えよう。

社会活動

 狩俣先生は、沖縄県の経済振興を中心に各種の審議会の委員を務められるなど、経済学者として活発な社会活動を展開された。主なものを挙げれば、沖縄県振興開発審議会委員、沖縄県那覇市港湾審議会委員、沖縄県自由貿易地域審議会委員、沖縄県営水道事業懇談会委員、沖縄学術振興会議委員、公益信託宇流麻学術研究助成基金運営委員、沖縄県人材育成財団理事、那覇保護司選考委員会委員、財団法人亜熱帯総合研究所理事、全国日本学士会評議員(現在は沖縄支部長)などがある。

所属: 
氏名: 
狩俣 真彦
氏名アルファベット: 
KARIMATA Masahiko
写真: 
主な担当科目等: 
国際経済学
専攻: 
国際経済学
最終学歴: 
コロラド大学大学院修士課程終了(M.A.)
その他基本情報: 
最終学歴 コロラド大学大学院修士課程終了(M.A.)