法経学科から中国語検定2級&HSK5級合格!【4年次:大城郁佳琳さん】

法経学科から中国語検定2級&HSK5級合格!【4年次:大城郁佳琳さん】

 法経学科4年生の大城郁佳琳(ゆかり)さんが、先日、中国語検定2級(注1)合格という嬉しいニュース!在学中1年半の台湾留学を経験した大城さん、すでにHSK5級(注2)も取得済み。今年の9月に中国語副専攻として法経学科を卒業予定の大城さんにお話を伺いました。

 

※ 注1: 実務能力の基礎ができている。やや高度の中国語を読んだり、基本的な文章を書いたり、日常的な話題での会話が行えるレベル。

※ 注2:中国語の新聞や雑誌が読めるだけでなく、中国の映画やテレビも観賞でき、さらに、中国語でスピーチすることができるレベル。

 

 

 

ーーー 最初から中国語の習得や留学を目指していたわけではなかった ーーー

 

中国語の学習を始めたのはいつからですか?

 大学生になってからです。英語はできる人がいっぱいいるから嫌いでした。特に積極的な学生というわけでもなく、教室の一番後ろに座って単位が取れればいいと思っていました。授業は講義とeラーニング。テストの時、復習すれば点数を取れるよ、と担当の渡邉ゆきこ先生に言われて、例文をそのまま覚えて試験を受けていました。点数は良かったので、先生との相性は良かったと思います。

 2年生になっても引き続き、中国語会話3,4を履修することにしました。ちょうど、部活のバスケットボールとバイトで同じことの繰り返しばかりの大学生活がつまらないと思っていた頃、渡邉先生が授業でみんなに「留学したい人!」と声をかけてくれ、あまり考えずに手を挙げました。

 2年生の9月に HSK3級の試験を受けました。たぶん1/3くらいしかできなかったと思います。2人受けて2人合格したので、100%の合格率でした(笑)。

 

2年生を終えてから留学されたのですね?

 はい。後期の授業を終えて2月に台湾に行き、3月から台中にある東海大学の華語中心で中国語の授業を受けることになりました。学生は30人くらいいて、1/3が日本人。最初に実力テストを受け、入れられたのは一番下の初級クラス。中国語は全然できませんでしたから(笑)。1クラス6人でしたが、日本人5人と韓国人1人で、授業以外はほとんど日本語で話していました。授業は毎日、朝8時〜11時の3時間。あとは週に2回、日本語学科の授業に参加していました。

 日本語学科の授業は日本語を学ぶ台湾人の学生とグループワークが中心です。たとえば、日本と台湾のオタクの比較、沖縄の基地問題などを取り上げてまとめ、発表をします。日本語学科の学生達はよくしゃべって、日本語がとても上手でした。だから留学しなくてもあんなに上手になるんだ!というのが驚きでした。

 

 

ーーー バスケットボールが助けてくれた ーーー

 

東海大学ではバスケットボール部に参加していたとか?

 5月になって、少し慣れてきた頃、日本語学科のバスケット部の練習に参加させてもらうことにしました。週1回、夜8時から10時までが練習時間です。台湾はバスケが盛んで、各学科に1つずつ、全部で40のバスケ部があり、大学にはコートがたくさん並んでいました。全バスケ部対抗のトーナメントの試合に出場した時に声をかけられ、大学代表のバスケ部に参加することになりました。こちらは練習時間も多く、週2日、夜3時間ずつ。もちろん台湾人だけなので、中国語しか通じず、ここですごく鍛えられました。

 最初の年、中間テストがあったのですが、クラスの中で一人だけ聞き取りが抜群に伸びていて驚かれました。また、6月〜9月の間、学校は休みですが華語中心の授業はあります。この間は通常の授業と違い、1対1で週3回、筆記力なども鍛えてもらいました。この分は自己負担(1時間400元、3時間で1200元)で安くはありませんでしたが、1対1なのでわからないこともすぐ聞けて、よかったです。

 バスケットボールの方は、12月に中部リーグの大会があり、いつも準優勝の東海大学がこの年は優勝しました!貢献できたと思います。でも、語学学校の学生は本大会には出場できないそうで、残念ながら2月の全国大会には出られませんでした。

 

 

寮生活だったのですか?

 留学した当初は寮で生活していましたが、朝8時〜11時の3時間が授業。4人部屋で同室の台湾人の学生たちは朝が遅く、夜中まで起きているので生活時間が合いませんでした。さらに、バスケ部の練習が深夜12時まである日もあり、寮の門限に間に合わないという問題も出てきて、結局3,4ヶ月で寮を出てアパートで生活することになりました。

 アパートを探したり、契約したりする手続きは、バスケ部の友達が手伝ってくれました。大学から歩いて15分くらいの場所で、いつも、バスケ部の友達がバイクで送ってくれました。学生向きアパートの家賃は6000元くらい、冷蔵庫とベッドはついていて、生活はすぐできます。キッチンはないのが普通で、シャワーとトイレはついていました。夜市が近く、土日はバスケ部のみんなと少し遠くまでおいしいものを食べに行ったりして、楽しかったです。

 

 

 

ーーー 留学の延長と帰国。これからのこと。 ーーー

 

留学を延長した理由は何だったのですか?

 1年目の11月頃、渡邉先生が大学に立ち寄ってくれ、「残る人もいるよ」と教えていただいて、留学の延長を決めました。理由は、やっと確実に中国語を聞き取れるようになり、スムーズにコミュニケージョンできるようになったところなのに、今帰ってはもったいないと思ったからです。あと、台湾のご飯がおいしすぎたこと、バスケ部の居心地が良かったこと・・・。たくさんありすぎて、まとめきれません(笑)。沖大は休学手続きをして、2年目は私費留学になりました。

 2年目は中級クラスを飛ばして上級クラスに配置され、中国語をよくしゃべる外国人ばかり6人のクラスに入りました。クラスの仲間は、これから台湾の大学への入学を目指しているベトナム人、タイ人のお坊さん、スロバキア人の俳優など! 9時から12時の3時間、毎日授業でしたが、レベルが高くて、ほんとに楽しかったです。

 ただ、残念ながらビザの延長手続きがうまく行かず、結局半年でビザが切れることになってしまい、3月から7月までの前期を終え,8月に帰国しました。

 最後の半年はバスケ部の友達とアパートをシェアしていたので、ほとんどあげて、自分のスーツケースだけで帰りました。今は、ピーチ航空なら1万円程度で台湾まで行って、バスで2時間で台中まで行けるので、ちょこちょこ遊びに行っています。

 

 

家族の反応は?

 家族は留学も延長も自由にしろ、と言ってくれました。母は台湾出身ですが、家では日本語しか使わかったので、3姉妹ともまったく中国語を知らずに育ちました。母は私が中国語を学んでいることを喜んでいました。今は台湾にいる親戚とも初めて直接話ができるようになりました。父が公務員なので、進学した頃は公務員になりたいと思っていました。今は卒業後、台湾で働きたいと考えていて、そのための準備をしています。中国語検定、次は1級をねらいます。HSKも6級を受ける予定です。

 

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 大城さんのお話を伺って、印象に残ったことは2つ。

 ひとつめは「芸は身を助く」ということ。言葉の通じない台湾で、バスケットボールが大城さんの言語以外によるコミュニケーションを支え、その結果、言語も成長させてくれたことが良く分かりました。

 ふたつめは、「語学の習得で世界が広がる」ということ。大城さんの場合、卒業後の進路の選択肢や視野が海外にも広がっています。語学はいったん習得すれば一生使える心強いツールです。

 大城さん、お話を聞かせていただいて、ありがとうございました!今後の活躍を期待しています!

(インタビュー:法経学部長 小野啓子)