祝卒業 2018年度 卒業式・修了式

祝卒業 2018年度 卒業式・修了式

2019.03.14

祝卒業 2018年度 卒業式・修了式 2学部、大学院合わせて376名が巣立つ

3月14日、沖縄大学体育館において2018年度卒業式・修了式が挙行されました。

法経学部、人文学部あわせて373名、大学院現代沖縄研究科3名が卒業・修了しました。

式では仲地博学長から各学部卒業生、研究科修了生総代に学位記が授与され、学長から告辞、城間幹子那覇市長から祝辞が述べられました。

島袋学生部長より、「沖大ブランドを胸にがんばり続けてほしい」とはなむけの言葉が贈られ、式は無事に終了しました。

式終了後には本学OBでFC琉球所属の上原慎也選手が卒業生へエールを贈るためにかけつけ、FC琉球のマスコットキャラクターと共に会場を盛り上げてくれました。

 

2018年度卒業式・修了式学長告辞

 

本日ここに多くの皆様のご臨席を賜り、2018年度沖縄大学卒業式・修了式を挙行できることを心から嬉しく思います。

法経学部・人文学部を卒業して学士の学位を得た373名の皆さん、大学院現代沖縄研究科を修了し修士の学位を取得された3名の皆さん、誠におめでとうございます。また、本日まで立派にご子息・ご息女を育ててこられた保護者ご家族の皆様にも、心よりお祝いを申し上げます。

沖縄大学の教員・職員そして同窓会・後援会など多くの関係者が、皆さんの旅立ちを喜びまた祝福しています。これらの関係者を代表してご挨拶を申し上げます。

 [60周年の年]皆さんは2018年度の卒業生です。沖縄大学の節目の卒業生です。もうお気づきだと思いますが、沖縄大学は昨年6月10日60周年を迎えました。人間でいえば還暦です。この記念すべき年での卒業にあたり、今一度沖縄大学の歴史をお話ししたいと思います。

 沖縄大学の設立母体となった財団法人嘉数学園が設立されたのは、1956年(昭和31年)です。そのころ、沖縄が米軍の統治下にあったことは皆さんもよくご承知のことと思います。この年アメリカのアイゼンハワー大統領が沖縄基地の無期限保有を宣言しました。翌57年には、琉球列島の最高法規である大統領行政命令が発布され、この命令に基づき沖縄の帝王と呼ばれた高等弁務官が着任します。

そして、その翌年1958年に沖縄短期大学が開学しますが、この年に、通貨がアメリカドルに切り替えられました。アメリカという国にがんじがらめに組み込まれていくような時代です。

そういう時代に沖縄大学は産声を上げました。創設者の嘉数昇先生は、何を願ってこの学園を作ったのでしょうか。嘉数先生は次のように述べています。「沖縄の歴史の推移、痛ましい戦争の影響、本土から遠く離れた地理的ハンディキャップ、冷戦の谷間で異民族支配下にある異常な立場、こられの要素が総合されてもたらしている沖縄の政治経済文化の特殊性、このような異常な風土と環境は、ともすれば、沖縄の人心にイビツな卑屈感、事大思想を植えつけてしまう」と。こういう時代背景の下で、沖縄大学が育てようとしているのは、「自分たちの郷土に誇りと愛情を抱く人間、一途に精進する進取の気性の持ち主」だと述べているのです。

そしてまた大学の持つべき役割についてはこう述べています。「沖縄の現状における極めて大きい課題は本土復帰であろう。この課題解決を促進するためにも、沖縄が日本全体の視野の中で、積極的に主張できる存在価値、さらに積極的に演じられる役割を発掘し創造しなければならないのだ。その発掘と創造の活動においても、沖縄大学は、それこそ名前の「沖縄」を体現するために指導的役割を果たすべき大きな責任がある」と。

創設者の願いを要約すると、沖縄大学は地域の課題に取り組むことを使命とし、地域に愛情を持つ人材を育成するということです。今日全国で多くの大学がその理念として地域貢献をうたいます。地域創成学科、地域行政学科、地域デザイン学科などがあちこちの大学に生まれています。流行といっていいほどです。それに対して沖縄大学は60年前生まれながらにして地域とともにある大学でした。

私たち大学人が読む「教育学術新聞」があります。その新聞が「地域共創の現場から」という記事を連載しています。各大学の取り組みを紹介しているのですが、その記事の中に次のような一文があります。「日本私立大学協会が使用する地域共創という言葉は、沖縄大学の山門健一元副学長の寄稿から取ったものである。」沖縄大学は時代の先端を行った大学であり、今まさに時代が沖縄大学に追いついてきたのです。そしてこの記事は、こう結んでいます。「まさに地域共創・未来共創を掲げる沖縄大学は、沖縄の人びとと共に沖縄の未来を創る大学なのである」。どうぞ皆さんこの評価を母校沖縄大学とともに誇りにしてください。

[60周年記念事業] 沖縄県内には短期大学以上の高等教育機関が10あります。その中で沖縄大学は琉球大学に次ぐ歴史を持つ古い大学です。

今年度は60周年を記念する事業が取り組まれました。まず一つはアネックス共創館の整備です。アネックス共創館は地域に開かれた諸行事を行います。卒業生の皆さまも足しげく通っていただきたいものです。二つ目が学内食堂テラス555の開設です。三つ目が本館1階に歴史資料展示スペースがオープンしました。沖縄大学の歴史を目でみることができます。47年前米国から日本へ沖縄の施政権が返還されたとき、当時の文部省は沖縄の私立大学の統合を指導しました。その指導に従わず自主存続の道を選んだ沖縄大学に対して、文部省は大学として認めず、沖縄大学は廃校の危機に瀕しました。苦しい存続闘争が始まります。県民の支援を得て存続を勝ち取りめでたく60歳を迎えた今の沖縄大学があります。そのような歴史をぜひとも学んでいただきたいと思います。

[さいごに]最後にすこし私事を話すのをお許し下さい。琉球大学の教員をしていた私に「地域を研究する教員が少なくなっている。沖縄大学に来ないか」と新崎盛暉先生(当時理事長)に声をかけられたのが2008年のことです。琉球大学の定年まであと2年残しておりましたが、望まれるところで働くのが幸せだろうと、あまり迷いもなくこの話に乗りました。

 沖縄大学の教育力に関心もありました。琉球大学時代、私は大学教育センター長を務めたことがあり、当時文部科学省が教育改革のためのGP(全国大学の模範となる優れた教育改革の実践)募集したとき、力を込めて(そして自信もあり)2度応募したのですが採択されなかったところ、沖縄大学は一挙に4件も採択されていたのです。たぶん悔しかったのでしょう学内で話題にしませんでしたが、「沖大はなんかすごい大学」と内心思っておりました。その後沖大はさらに3つのGPを獲得します。沖縄大学に来てわかったことは、風通しの良さ、そして企画力がありそれを実践に移すことのできる教育力のある大学ということです。

この3月私も皆さんとともに、沖縄大学での仕事をおえます。沖縄大学に赴任して満10年、最後の5年は学長として務めさせてもらいました。用いて下さった沖縄大学に感謝しています。この10年は沖大の50周年から60周年に重なります。新崎盛暉前理事長、長濱正弘現理事長、桜井国俊元学長、加藤彰彦前学長という卓越したリーダーのおかげで順調に成長し安定の時期でした。こういう時期に皆さまともに沖縄大学で過ごすことのできた幸せを噛みしめています。

[沖縄大学憲章]沖縄大学は、教育研究の理念を明らかにするものとして沖縄大学憲章を定めております。その冒頭で次のように述べております。

「沖縄大学の建学の理念である『地域に根差し、地域に学び、地域と共に生きる、開かれた大学』を大学存立の使命とし深く自覚し、…この理念を『地域共創・未来共創の大学へ』と発展させる」と。先ほど述べたように、地域共創は大学教育の専門家から評価される沖大の看板です。

皆さんは、こういう大学で学んだことを今一度確認し、誇りとして下さい。沖縄大学が送り出す地域共創の人材とは、「他者との対話と協働を通じてより良い社会を創っていく力のある人間」、「日々変動する社会の中で生涯学び続ける意思を持ち自らの人生を切り開くことのできる人間」です。

創立から60年、沖縄大学は、2万数千人の人材を送り出しました。今この学び舎を巣立つ皆さんは、先輩方がそうであったように、沖縄に留まる方も、県外国外へ飛び立つ方も、それぞれの地域の未来を築く中核人材として働いていただきたいと思います。地域共創・未来共創の担い手として皆さんを送り出します。皆さんのご健闘とご多幸をお祈りし私の告示とします。

2019年3月14日 

                       沖縄大学学長 仲地博