建学発1993−第0021号
1993年3月15日
沖縄県知事
大 田 昌 秀 殿
社団法人 日本建築学会会長 内 田 祥 哉
旧琉球政府立法院議事堂及び事務局棟保存に関する要望書拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
日頃、本会の活動につきましては、多大なご協力を賜り、心より感謝致しております。
さて、沖縄県におかれましては、新県庁舎建設にともない、旧琉球政府立法院議事堂及び事務局棟とその敷地の跡地利用計画を実施する方針である由、伺っております。
旧琉球政府立法院は沖縄における最初の公開設計競技の最優秀作品であり、設計者が意図した独立と平和の理念が見事に造形化され、沖縄における建築設計水準の高さを示す優れた作品であります。配置計面では小公園を議事堂、渡り廊下、事務局棟が囲み、有機的な一体化が図られております。また気候風土に対する配慮が各所にみみられ、地域との深い結合が表現されております。
一方、この建物は米国施政権においては琉球政府の、また復帰後は沖縄県議会の議場として、戦後の沖縄民主主薮を築き上げてきた記念すべき貴重な歴史的建造物であると考えます。
この建築の文化的また歴史的価値を後世に伝えるため、今回の跡地利用計画の実施にあたりましては、その保存について何らかの良策をご検討頂けますれは、まことに幸いに存じます。
なお、本会はこの建築の保存に関しましては、できます範囲でお手伝いさせて頂きたいと考えておりますことを申し添えます。今後とも、優れた歴史的建造物の保存のために、ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
敬具第93O202号
旧琉球政府立法院議事堂及び事務局棟に関する見解旧琉球政府立法院議事堂と事務局棟は昭和29年7月28日に工期13箇月を要して鉄筋コンクリート造で竣工した。全沖縄を統一した琉球政府が昭和27年4月1日に成立すると、立法・司法・行政の三権分立の原則に基づいて、それぞれ庁舎が建てられることになった。そのうち立法院は琉球政府が建築技術者の意識の高揚を考慮して、沖縄人による設計・施工を願い、米国民政府の許可を得て競技設計に付された。
十数名の応募者から故大城龍太郎氏が一等当選し、実施設計を同氏設計事務所が行った。沖縄における最初の競技設計による最も優れた作品であることは評価されるべきことである。
設計者故大城氏が「できあがっていく建物には関係者一同の自治権拡大と民主主義実現への熱い思いが、そして二度と戦争には巻き込まれまいという強い願いが込められていたと思う」と述べている如く、独立と平和の願いが顕著に見うけられる。
それは独立柱と純白な外壁に最もよく表現されている。独立柱は議事堂入□と二方向の事務局棟に立ち、上方に行くに従って広がっている。壁面のカーブや屋根の傾斜に特徴が見られ、議事堂内最奥のトラバーチンの囲いが床上から上方に向かって広がる。これらはいかにも既成の概念にとらわれず、新鮮さがあり、流動感にあふれて、力強さがある。
沖縄は最南に位置し暑く、議事堂には直射日光を避けるためにルーバーを用い、事務局棟は庇を深く、両側の壁を突き出した。ルーバーに角度をもたせ、議事堂内からの視線を配慮した設計となっている。それらは用と美を兼ね、沖縄の風土を考慮しており、さらに、意匠的には米軍占領下当時の建築事情を強く反映した秀作となっている。
旧立法院議事堂と事務局棟を平行に並べ、渡り廊下で接続させ、そめ渡り廊下に宿直室・階段・便所・ベンチ等を設けて共有の空間を提供している。事務局棟の方を少し後退させているために、両者が競合することなく、最高決議機関としての議事堂の尊厳さが見られる。渡り廊下前方を小公園とし、その公園を議事堂と渡り廊下及び事務局棟が三方から囲み込むということで一体化する試みがなされている。
注1)下掲の「見解」は、上掲の「要望書」に添付された資料である。
注2)転載に伴うミスがあろうかと思います。ご注意下さい。