
(写真はブロンズ像と田辺博士=右=山里建築課長)
【東京支局発】近く完成する琉球政府政庁ビルの正面三尺の高さに平和のシンボルとして、工学博士早大教授田辺泰氏のデザインによる平和の鳩が取付けられることになり、近く東京からそのブロンズが贈られる、政庁ビルの完成に伴い"沖縄の永遠の平和を象徴するものを"と比嘉主席から、去年の暮れ十八年ぶりに沖縄を訪れた沖縄に馴み深い田辺泰早大教授に制作依頼が舞い込んだ、学会や大学の講議などで多忙な田辺教授は"私の第二の故郷のことならと"早速制作を引き受け、構想を練り"平和の鳩"を制作することにきめ沖縄の地理的気候的な諸条件を取り入れた模型を制作、二月一日から隅田区にある東洋電道工業株式会社でブロンズの制作にとりかかった。
ところがブロンズの制作中にいろんな困難が伴い、田辺教授は幾度も現場に足を運んで自ら指導に当り、一月半の制作日数でやっと完成した、"平和の鳩"のブロンズの表面は厚い銅板に打ち出しがされ台風に耐える中は鉄鋼で頑丈に組まれており重さが廿貫もある縦、横一間のもので、制作費がザット二十余万円かかった、完成した平和の鳩のブロンズは琉球政府山里建築課長の上京で、第一物商を通じ沖縄へ贈られることになったが、工場で荷造りを待構えている、平和の鳩のブロンズは沖縄の住民が永久の平和を切望する姿を十分に秘めているかのように感じられた、
田辺教授談=政庁が非常にモダーン建築なので、それにマッチするようなものをといろいろ考えた結果、表現派の新しい趣向で平和の鳩のブロンズを制作した。
(琉球新報1954年4月7日朝刊3面)
注1)本記事中の「近く完成する琉球政府政庁ビル」は、1954年7月26日に落成式が行われた「立法院(議事堂)庁舎」のことであり、"鳩"のブロンズは、同議事堂庁舎の正面に飾られる計画だった。
ところが、軍政府の意向で取り付けられなかった。"平和の鳩"報道が4月7日付け、軍政府によって、鳩の取り付けが拒絶されたことが、その一週間後の15日付けに報道されている。(県建築課当局の姿勢、審査委員の意見&軍政府の意向参照)
注2)できるだけ原文に忠実に転記した。しかし、転記に際してミスがあると思われますので、ご注意下さい。
注3)掲載記事の写しは、「立法院を再生させる会」(事務局長:米須正弘氏)から提供を受けた。