景観とまちづくり
北海道雨竜郡北竜町
日本一のヒマワリ畑
<これは、今年8月に実施した北海道調査の報告書の一部です>

ヨーロッパ視察に出かけた農協の職員が、ユーゴスラビアの広大な
ヒマワリ畑に驚きその感動をみんなに伝えたのがことの始まりだった。
連作障害も克服し、毎年同じ畑にヒマワリは見事に咲きつづけている。
本ページに載せたコラム「ヒマワリと地域おこし」では、北竜町の人口
は3000人と紹介した。町民の努力にもかかわらず、だが過疎化は止
まっていない。今回の調査では、さらに減って2600人になっていた。
だが、コラムで20万人と述べた観光客は、増えており、昨年は25万人
だったという。私たちが訪ねたときも観光バスはたくさん駐車していた。
広大なヒマワリ畑とサンフラワーパークホテル
北竜町だから入り口には竜がある。赤い花びらのヒマワリ。
ヒマワリの加工場。竜トピア会顧問の佐光さんから説明を受ける。
【沖縄大学研究成果地域公開プログラム】
ヒマワリと地域おこし
(「八重山毎日新聞」(2000年3月)に掲載。)
(上)
北海道雨竜郡北竜町は、旭川市から車で約一時間のところにある。人口3000人の、農業を中心とする町である。
この町はヒマワリで地域おこしに成功した。1979年のことだった。ヨーロッパを視察していた農協職員が、機上から見たヒマワリ畑のあまりの美しさに驚き、感激した。町に戻って、その感動をみんなに熱っぽく語った。地域おこしのドラマはここから始まる。
「もうからないけど、ヒマワリを植えて美しさを楽しみ、そこからしぼった健康な油で、農村の健康運動をしようではないか」と、彼は提案した。それに応え、農協婦人部が環境美化と食生活の改善の一環として、1戸1アール運動を始めた。
ヒマワリのタネには、動脈硬化、高血圧、心筋梗塞を予防するリノール酸やビタミンEが豊富に含まれている。油のほか、スナック、チョコレート、ラーメン、アイスクリームなど23品目にものぼる商品を開発した。
すべてが順調に進んだわけではなかった。せっかく軌道に乗ったと思ったら、記録的な豪雨に見舞われ、収穫を目の前にしたヒマワリが全滅したこともある。ヒマワリ畑の惨状を見て、佐光勉・北竜町企画課長(当時)は呆然として立ちつくした。これで「もうわが町からヒマワリの花が消えてしまうのではないかと思った」という。
しかし嘆くことはなかった。つぎの年、1989年には、町民はボランティアで、野球場を3つ合わせたほどの広大な土地に、より大きな「ひまわりの里」を作りあげてしまったのだ。
だが試練はまだ続いた。こんどは鳥がヒマワリ畑を襲った。急きょ5万本の苗を農家のハウスで育苗することになった。そして、一本一本、手で補植した。これにはたくさんの人手が必要だった。農作業で忙しい時期だったが、町民200人がボランティアでこの作業に参加した。懸命に植えつけ作業をする親の姿を見た中学生たちも「手伝う」と言い出し、この作業に加わった。
危機に直面するたびに、町民は力を合わせて立ち向かった。危機を乗り越えるだけでなく、そのたびになにか新しいものを生み出した。
例年8月、第一土曜日と日曜日にメインイベントが催される。出し物はひまわりの里、ひまわりジャンボ迷路、真夏の雪合戦大会、ひまわりフェスタ、竜踊り、ひまわり製品、メロンを中心とした地場産品即売会など。
約一ヶ月ほどのヒマワリの短い開花期間に、北竜町には、全国から20万人を超す観光客が訪れる。その4分の3が道外からの観光客だという。
(中)
ヒマワリのイメージを生かしたキャラクター、フォトコンテスト、テレフォンカード、商店や公共施設のヒマワリの看板、ヒマワリをデザインした街路灯、ヒマワリの塔、マンホールのふたに描かれたヒマワリなど、ヒマワリづくしのまちづくりを進めている。
中学生は「世界のひまわりコーナー」の播種から管理、それにガイドまで受け持つ。親の手伝いを買って出た、あの中学生たちも、自分たちにも何かできないかと考えた。そして世界中のめずらしいヒマワリを集めることにした。赤い花びらや白い花びらのヒマワリもある。蛇の目のような花もある。50種類以上のヒマワリが美しさを競い合って、鮮やかな景観をつくりだしている。
「ひまわり祭り」と竜踊り
ヒマワリのように明るいまちづくりを目指して、1987年から「ひまわり祭り」がスタートした。祭りは予想以上の盛り上がりをみせた。それに気をよくして、祭りの内容をさらに充実させようと、「竜」を出すことに決めた。
ところがその竜をつくる資金がない。みんなが知恵をしぼった。しぼり出した知恵とは、町民に「竜のウロコ」1枚500円で買ってもらうというもの、このウロコ売上金は180万円にも達した。それぞれの仕事を終えたあと集って、竜づくりにとりくんだ。竜一体をつくるのにウロコ7000枚と、のべ500人の人手を必要とした。竜づくりの作業は3ヶ月にも及んだ。
青竜、白竜、子供竜の3体をつくった。竜踊りは、まるで生きた竜がはねる姿を想像させ、見物人の注目を集めた。「ひまわり祭り」にいっそうの躍動感を与えたのだった。
1988年には、若者たちのグループ「竜トピア会」も誕生した。北竜の「竜」とユートピアの「トピア」を組み合わせた。この年の干支「辰」にもちなんでいる。
サンフラワーパーク事業
ヒマワリを核とした地域間交流を展開するための拠点として、1990年からサンフラワーパーク事業にもとりくんだ。
1992年には温泉保養センターがオープンした。大浴場、サウナ、露天風呂、ひまわり薬湯、レストラン、特産品販売コーナーなどを設けた。ここは、その後「道の駅」に指定された。
さらに1994年、農業体験実習館、宿泊施設が完成した。生産と観光が一体となった滞在型農村リゾートを目指した。これは雇用の場の創出など、地域活性化にも大きな効果をもたらしている。
(下)
観光客を呼び寄せるために植えたのではなかった。そこに住む人々が、美しさを楽しみ、身体によい油で健康運動をひろめようと、はじめたのだった。
だが、この美しいヒマワリ畑が評判になった。年を追うごとに、北竜町には大勢の観光客が押し寄せるようになった。そのことがまた地域おこしの運動を刺激した。
ヒマワリ油だけでなく、さまざまな特産品その他を生み出していった。良質な食用油として、またその黄金の花は観光資源としても大きな価値があるということで、いまではヒマワリ畑は北海道各地に広がりつつある。
農水省北海道農業試験場の最近の試験によれば、ヒマワリは経済的な意義だけでなく、畑地生産力改善の観点からも価値があることが明らかになっている。ヒマワリの後作の小豆や小麦は、他作物の後作の小麦より、収量がかなり高い。また北海道農業試験場が育成した新しいヒマワリの品種も普及に移されている。
「ヒマワリは夏の花」と思い込んでいる人が意外と多い。あきらかに間違っている。沖縄では冬でもよく咲く。むしろ冬のヒマワリが観光資源としては迫力がある。
もちろん、冬に限ることもない。インターネットで見つけたスイスのホームページは、種まきを2週間ほどずらしながら、連続的に収穫できるようにすることが成功の秘訣だ、といっている。ヨーロッパの場合、3月から7月にかけて、それが可能であるという。
北海道と違って、沖縄は暑い。熱帯の北限といってもいい気候である。台風が襲う夏場は避けた方が無難だが、ヒマワリはその気になればいつでも咲かせることができる。計画的に種をまけば、一年中花を楽しむこともできる。これが沖縄の比較優位性であろう。
そうなれば、北竜町のようにヒマワリの種を使った特産品の開発はもちろん、ヒマワリのハチミツ生産も可能になろう。また搾油機の稼働率も高まるから、ヒマワリ油の生産は沖縄の方が有利なのかもしれない。しぼりカスは家畜のエサになる。葉や茎は畑にかえすと、繊維質が多いから土もよくなる。
昨年、下地町ではトライアスロンのコースにヒマワリを植え、話題になった。また城辺町ではキビを収穫したあとに、見事なヒマワリ畑をつくった。宮古で、北竜町とは一味違う、独自な展開ができないものだろうか。
それにしても、北竜町の人々の創意に満ちた行動力には驚かされる。良質のドラマを見たときのような感動さえ覚える。「地域づくり」とは、そこに住む人々がみんな参加して、生き生きとしてとりくむ「ドラマづくり」ではないだろうか。
沖縄大学法経学部山門研究室