2021.01.15#その他

『オキダイで20歳に!⑦』国際コミュニケーション学科 伊藤丈志先生

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沖縄大学で20歳を迎える新成人たちを今週は紹介しています。学生だけではなく、沖縄大学に勤めて20年の節目を迎えた教職員にもお話しを伺いました。

7回目は、国際コミュニケーション学科の伊藤丈志先生に20年を振り返っていただきました。

伊藤丈志先生(担当科目:英語学概論、時事英語入門)

20年を振り返って

最初の10年は長かった気がしますが、後半10年は覚えていないほど短く感じています。この20年でキャンパスは開放的な景観になってとても綺麗になりました20年を振り返ると、夜間の講義がなくなったことが私の中では大きいことでした。夜間主の学生は昼間仕事をしてからなので疲れているはずなのに意欲的で、昼間の講義と夜間の講義、同じ内容でも全然違う手応えがありました。夜間の講義では学生と対話、語らいがあり、多くのことをこちらが学ばせてもらったと思います。最後(2016年)まで夜間の学生を担当させてもらい、思い入れがありましたね。夜間での経験があったからこそ沖縄大学で長く教鞭を執ることができたとも感じています。沖縄大学らしさも夜間に現れていたとも思います。年齢層も幅広く、少人数で、大学の原点だったように感じます。
今のほうが学生もスマート、教職員もスマートになっていますが、あの頃の語り合う時間が今は減り、残念ではあります。コスパや効率を重視して、この学びが何の役に立つのかを求めて、文科省も目的を明らかにした授業設計をと示していますが、時に資格対策でもしているような感覚になってしまうこともあります。「役に立つかはわからない、でも面白そうなので学んでみる」という余裕が学生の側にも減ってきたような気がしてます。

教え子との付き合いも20年に

沖大で最初の教え子でもある2期生(2000年度入学生)とは付き合いが継続していて、ほぼ毎年集まり、昔話もしますが、最近は子育てや、親の介護、病気についての会話が増えてきています(笑)。何気ない会話から自分も年を重ねたなと思いながら・・・教え子とのつながりは嬉しいですね。

伊藤先生が見守った沖縄大学の改革について

沖大着任時の国際コミュニケーション学科は、1部2部をあわせて入学定員250名という当時沖大で最も大きな学科でしたが、定員割れが続き、厳しい状態が続いていたので、これを何とかすることが最優先の課題でした。ただ、定員というのはすごい財産で、その定員を利用して、こども文化学科の設置や法経学科の定員増にあてて大学改革を行い、長く累積赤字が続いていた沖大の経営を2000年代に安定化させることができたのはとても大きな成果だったのではないかと思います。
また、約10年かけて国際コミュニケーション学科専門科目や共通科目を現在のカリキュラムに改編し、ゼミ制度も全学共通のプラットフォームになりました。また教職課程も、こども文化学科を設置し、それに伴って教職支援センターを立ち上げ、健康スポーツ福祉専攻を設置するなどの改革が続き、「教職の沖大」といってもらえるような存在になったのもすごい変化だと思います。一連の改革に関わることができたのは良い思い出です。

大学生活をより充実したものに

赴任してからすぐに生協の理事を務めることになりました。新人の役目だと先輩教員から押し付けられた感じでスタートしたのですが、大学は学ぶ場だけでなく、生活する場でもあり、学生が長い時間居る大学の生活環境をよりよくすることを考えないといけないいう視点を持てるようになったのはとても大きな学びになりました。また、現在のコロナ禍でもスタッフの皆さんがとてもよくやってくださっていて、沖大のエッセンシャルワーカーではないかといつも感謝しています。いつのまにか、沖大生協の理事を務めて20年が過ぎました。

沖縄大学で教鞭を執れて良かったことについて

学生が抜群にやさしいことです。純朴なところなど、沖縄の学生の気質なのか、やりがいがあります。

今手掛けていること、これからのことについて

1999年に設置された国際コミュニケーション学科の20年史を制作中で今年度中には完成予定で進めています。卒業生や先生方に原稿を依頼し、すでに1期生から20期生までの100人の方から原稿を頂いています。これまでの学科の歴史を振り返ることができる1冊になればと思っています。あとは、この20年、大学の仕事を中心に行ってきたので、これから残りの時間は研究面に力を入れていきたいと思っています。

メッセージ

大学院修了後、6年間非常勤講師暮らしをしていたので、沖縄大学に拾っていただいたという感覚は今でも持っています。沖大は確実に20年前より色々な面で良くなってきているように感じます。失ったものもあるけれど、着実に進化・進歩していると感じています。ただ、現在の沖大は、専門化、分業化が進んで教職員はあまり関わらずに仕事ができていますが、以前は教職員がもっとドタバタしながら協力してやってきたように感じます。効率的に仕事ができるようになってきたのは進歩だと感じながらも、寂しく感じる時もあります。「地域共創」という言葉ですが、昔は地域と共に創るというのは沖大の常態であったのに、いつからか共創(共に創る)が目標になってきているとも感じています。地域共創は足元からかもしれませんね。

問題発見演習ゼミの学生たちと

伊藤先生の元ゼミ生、楢原海里さん(教務課職員)から 一言!

伊藤先生は厳しい先生で有名でした。在学当時、私は伊藤先生のゼミに所属しておりましたが毎週課題があり、卒業論文も必須でした。課題も手を抜いて取り組むとすぐに見透かされ、眼鏡越しに厳しい視線を送られた事をよく覚えています。しかし、伊藤ゼミは厳しいだけでなく毎年ゼミ旅行やゼミ合宿が行われ、勉強する時はしっかりと勉強し、遊ぶ時はしっかりと遊ぶ。とてもメリハリの有るゼミで、大学生らしい時間を過ごすことができました。私は沖縄大学を卒業し、現在は沖縄大学の事務として教務課に勤務しておりますが、こうして社会人として過ごせているのは伊藤先生の厳しいけど愛のあるご指導のおかげだと思います。